情報酌量の余地

情報酌量の余地

こんにちは。藤本です。

トロントで生活をしていると、ふとこんな考え方は良くも悪くも日本ではあんまりされないだろうなと思う出来事に遭遇することがあります。

例えば、こちらでは何か困った状況に陥った時、ルールは無視してとりあえず自分の直面している問題を関係者に訴えて情状酌量をお願いするということが多いです。

 

私がトロント大学に留学していたころ、1年目の終わりに1つの授業の単位を落としてしまいました。

単位を落とすということは、学位の取得を諦めて日本に帰国しないといけないということです。

当然、かなり焦りました。

妻も、2年間日本を離れる予定でトロントに来たのに途中で帰らなきゃいけないのかと本気で思ったそうです。

 

ところが大学側から「情状酌量を求めるレター」を提出することを認めるという連絡がありました。

この手紙は気合いを入れました。

試験時の体調が悪かったこと、英語力不足であることなど、正直自分でも言い訳としか思えないよう内容でしたが、どうやってこれから対策をとっていくかという計画とともに、心を込めてレターを書きました。

その結果、何とか認められ、夏休みの間に補講を受けることで勉強を続けることが許可されました。

 

あまり日本ではないことですよね。

カナダ人の友人にこのことを話したら「カナダではもう1度チャンスを与えるという考え方が普通」と言っていました。

 

トロントで役所に手続き関係で出向くと、しっかり準備しているつもりでも細かいことで書類不足と言われて受付で追い返されることが多々あります。

しかし、他の人たちは書類が足りないと言われながらも、なんだかんだ状況を説明してちゃっかり手続きを終えていたりします。

 

我が家が健康保険証の申請をしに役所に行ったときも、妻の住所を証明するものだけが足りなくて私と子供たちしか今日は申請できないと言われました。

仕方がないので妻の分はまた後日申請しようと思ったのですが、手続きの間次女が大泣きしていて私たちがドタバタしていたら職員の人に

「子供が小さいとまた手続きに来るのも大変だろうから、やっぱり奥さんの申請も今日受け付けるわ」

と言われたことがありました。

 

情状酌量をしてくれるというのはいいことではあるのですが、結局は声の大きい人の要求が通りやすいということでもあります。

なので、黙ってルールに従いがちな日本人にとっては不利な状況になることも多くあります。

海外に生活すると、生存するために強くならなきゃいけないですね。

 

それではまた。