実録!妻から見た夫の留学(トロント滞在編)

      2014/01/28

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こんにちは。

Masaです。

少し間が空きましたが、「妻から見た夫の留学」続編です。

前回は留学準備編でしたが、今回は留学後の話です。

 

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トロントの地へ

トロントに到着した日。
夜遅かったので最初の一泊は空港近くのホテルに宿泊しました。

飛行機に乗っていた時間が日本の夜中だったので始終グッスリ寝ていた1歳の娘は、トロントの真夜中の間ずっと起きていて、私はベッドで眠る夫を横目に娘の相手をしながらホテルの部屋の窓からトロントの夜を眺めていたのを覚えています。

これから始まるトロントでの生活に期待と不安を感じながら。

そして翌日、夫が本コースの前に参加する夏のプレコースのためにトロントのヨーク大学へ移動し、入居の手続きをしていた家族寮に入りました。
この日トロントはかなり蒸し暑く、呼吸も少ししにくいと感じるくらいでした。
冬はかなり寒いトロントなので、夏は涼しいイメージでいましたが、なんと夏は結構暑いのです。
初日から、いきなりこんな先制パンチを受けたようなこの日の空気は忘れられません。

ヨーク大学は同じトロントでもダウンタウンから離れた郊外キャンパス。
食材を買うのにも歩いていける範囲に満足なスーパーはありません。
車の免許を持たない私の移動手段はひたすらバスでした。
スーパーまでの片道1時間。
買い物だけで半日がつぶれるという毎日でした。

入居した家族寮の部屋はじゅうたん敷きだったのですが、前住人はもちろん土足で生活していたらしく、最初は大掃除から始めました。
夏のプレコースの間だけの短期滞在契約ということもあって、週に1回ほど部屋に掃除人が来て掃除してくれるのですが、その掃除人が土足履きのまま部屋に上がり込むわけで、なんだかなという感じでした。

窓を開けると目の前で工事をやっていて埃っぽい空気が入ってきます。
子供がすぐに咳こみ始めました。
でも、まだ夫の本コースが始まる前で、正規学生の身分でないため、州の健康保険にも入れず、病院にもかかれずで、本当に最初は大変な思いをしました。

1歳の娘の体調が悪い姿を見ていると、自分たちの身勝手でこんなに遠くまで子供を連れてきてしまったことが正しかったのか不安になりました。
友達ができる機会も少なく、最初の生活は辛かったですね。

 

早速英語で苦しむ夫

慌ただしく1週間ほどでヨーク大学での生活を立ち上げた後、夫はプレコースに通い始めました。

しかし、英語ができない人が集まるであろうプレコースを舐めていたようで、自分より英語ができない人がいないことに初日で早々に気づいてかなりショックを受けていました。

私がイギリスの大学院に留学したときも、本コースが始まる前の夏休みに早めに渡英して、プレコースを受けていました。
このプレコースは英語の苦手な留学生が集まるので、協力的な雰囲気の中、友達も出来やすく、とても楽しい時間だったことを覚えています。

夫もそんな気軽なイメージでいたみたいなのですが、参加したPre-MBAコースは、原則9月からMBAに進学する人たちの集まり。
内容も結構本格的で、宿題も毎日たくさん出ます。
夕食を食べた後に、学校の図書館に行って勉強したり、朝まで徹夜でレポートを書くといったこともやってました。

毎朝、朝食の時間にテレビをつけていると、決まった時間にオンタリオ州のコマーシャルが流れます。
夫は、毎朝学校に行く前の緊張感と、そのコマーシャルの音楽が結びついていて、今でもその音楽を聞くと何とも言えない暗ーい気持ちになるみたいです。
カナダ版サザエさん現象?
そして、プレコースでこんなにしんどいなら本番のMBAはやっていけるのか???

でもそんな苦労を重ねながらも、1ヵ月半後、何とかプレコースを修了し、私たちは本番のMBAに備えて、ダウンタウンのトロント大学の家族寮に引っ越しました。

 

苦行の1年目

9月の本番コースが始まる直前、夫はMBAのオリエンテーションに参加して帰ってきました。
どっさりの荷物を持って。

何かと思うと、それは1年目の最初のクォーターで使うテキストとかケーススタディの山でした。

そりゃもう私がイギリスで留学していたときとは比べ物にならない量です。
聞くと、それを1ヵ月半ほどで消化するとのこと。
「怖い~」
と思わず叫んでました。

9月、実際にコースが始まると、それはもう言葉で説明できないほどの苦行を強いられる毎日。
夫の顔が日に日に青ざめていきました。

特につらそうだったのがチームプロジェクト。
どうやら学校が勝手にメンバー決めるチームでのプロジェクトもあったようで、そりゃもう皆好き勝手なことを言って揉めまくり。

夫は英語の面でチームに貢献することが厳しく、日本では感じたことのないような劣等感を味わったことでしょう。

チームプロジェクトのミーティングに向かう夫に、
「とりあえずチョコレートを持って行って、みんな自由にどうぞと差し出してみよう!それで存在感が出せるかもよ」
というアイデアを出して、実行させたのですが、なんとピリピリした雰囲気で誰も手を出さないチョコレートが机の真ん中にずっとあったそうです…。

さらに怖いのはCold Callという予告なしに授業中に意見を求められる場面。
夫は教授の質問の意味が分からず(汗)、"Pardon?"と返したそうです…
そして質問を繰り返す教授。
夫はそれを聞いて…なんともう一度"Pardon?"と言ったそうです!
その時の話を聞いていた私、かなり胸が苦しくなりました…

 

充実の夏休み、そして2年目へ

そんな過酷な日々でしたが楽しいこともありました。
私たちの一番の思い出は夏休み。
冬が厳しいトロントではみんな夏をこれでもかというほど楽しみます。
私たちも旅行へ行ったり、アメフト観戦、野球観戦、友人とのBBQ、野外イベントなどを楽しみました。

また夫は縁があって2か月インターンシップを体験。
多くのことを学んだようです。
日本のようにおいしい定食屋さんや弁当屋さんが職場の近くにないので毎日お弁当作りをする私は大変でしたが…

MBA2年目はずいぶん要領もわかってきて、夫もいくらかは楽しく過ごせたようです。
私と娘もトロント到着直後にあれだけ不安だったのが信じられないくらい毎日いろいろな友達と遊んでいました。

ただ、私たちのトロント滞在2年目の冬は本当に過酷でした(苦笑)。

この年はトロントでも過去例がないほどの大雪の当たり年。
ニュースで『ホームレスにみんなで声をかけてシェルターに行くように薦めましょう!』と呼びかける日があったほど。

しかし冬が厳しい分、友達同士で家に招待しあうのでさらに人間関係は深まった気がします。
私も料理が苦手なのにトロントではよくホームパーティーを開きました。
から揚げは鶏何頭分揚げたかわかりません。

こうして私がトロント生活を満喫する中で最後の春が訪れはじめ、夫はMBA修了に向かって突っ走りました。
最後の方は、「日本語が使える素敵な国・日本」への帰国をモチベーションに頑張っているみたいでした。そして何とか2年間の課程を修了したのでした。 

 

家族で留学するということ

サラリーマンの夫が「留学したいんだけど」と言いだすとどういう反応が一番多いのでしょう?

私達の場合は結婚前から留学したいよねという話をしていたので、もちろん2人でMBAに向かって突っ走ったわけですが、留学が決まった時に周りに話すとたいていの人から

「奥さん、えらいねー!ついて行ってあげるなんて!」

と言われたものです。
イギリスで大学院留学をした経験のある私としては

「自分はもう二度と留学なんてしたくないけど嫁として夫の留学についていけるなんて極楽極楽」

と思っていたので、そうした反応には本当に驚きました。

でもふと「夫の夢を応援する献身的な妻」と思われるのも悪くないかと いうことに気付き、必要に応じてそういうイメージ戦略でいくことにしました。

実際の生活は、ひたすら机に向かって勉強する夫を横目に私と子供はやれナイアガラの滝へ友達とドライブだ、アウトレットモールだ、ポットラックパーティーだと遊びまくっていたのですが。

とはいえ夫がMBA課程を修了した時は私も感無量でした。

思えば英語が全然できないところから始まって、様々な苦難を乗り越えてついにMBAを取得したわけですから。きっと一度決めたことはやり遂げるんだという強い信念で突っ走ってきたことが卒業に結びついたのでしょう。
さすがに尊敬の念を抱きました。

勉強が超多忙ではあっても日本で会社勤めをしていた時よりも家にいる時間は増えたし、娘と3人の絆はカナダ留学で強まったように思います。 

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Masaです。

こうして当時のことを書いてもらうと、色々思い出しますね。

特に1年目は、今思い出しても色々辛いですねー。

これで一旦「妻から見た夫の留学」は終わりますが、次回は留学生に同行した配偶者としての現地の生活について書いてもらおうと思います。
勉強で忙しかった私は知る由もない楽しい生活の日々を書いてもらえると思います。

最後までありがとうございました。


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